権力に屈しない事こそがジャーナリズムだ「スポットライト 世紀のスクープ」その全貌(原題:Spotlight)
今日は前回の「ラ・ラ・ランド」とは逆にアカデミー賞で作品賞、脚本賞をダブル受賞した作品の紹介です。
【スポットライト 世紀のスクープ】(2015)作品賞、脚本賞
監督 トーマス・マッカーシー
キャスト マーク・ラファロ
スポットライトとは
アメリカのボストンに実在する新聞社 "ボストン・グローブ紙"
その1面を飾る特集記事「スポットライト」そして4人からなるそのチームによって、カトリック教会の神父による児童への性的虐待行為とその教会組織全体の隠蔽行為を暴き、のべ600回にも渡る特集記事が組まれ、その事実を元に非常にリアリティ溢れた作品になっており濃厚な社会派作品となっています。
※その為この映画の記事を書いたブログの中身もある意味濃厚な内容になってしまいました。全てネタバレをしていますのでその注意と、最初は奇々怪々かもしれませんが、出来るだけ理解可能な様に書いたつもりです。作品を理解する手助けになれば幸いです
キャスト
ボストン・グローブ紙
※マーティ・バロン(リーヴ・シュレイバー)
マイアミから来たユダヤ系のボストン・グローブ紙の新局長。地元に縛られないが故に今回の特集記事をチームに指示する。
※ウォルター"ロビー"ロビンソン(マイケル・キートン)
通称ロビー。チームスポットライトのリーダー。チームを指揮するだけでなく自らも記者魂を見せるベテランデスク。しかし過去にこの事件に関わる重要なミスを犯してしまう
※マイク・レゼンデス(マーク・ラファロ)
通称マイク。スポットライトチームの記者。教会事件に当初から乗り気で、自ら変人の扱いは得意だと公言する。そして見事ガラベディアン弁護士を口説き落とし、最終的には非常に重要な証拠を手に入れる。妻とは別居中
※マット・キャロル(ブライアン・ダーシー・ジェームズ)
同じくスポットライトの記者。子を持つ親でもある。虐待神父の綿密な身辺調査をしていく過程で、自宅周辺の驚くべき事実を発見する。
※サーシャ・ファイファー(レイチェル・マクアダムス)
スポットライトチームの紅一点。しかしその情熱は他のメンバーにも引けを取らない。家庭と仕事を両立させ、祖母は敬虔なカトリック信者である。被害者、加害者問わず真摯な聞き込みで重要な情報を集める。
※ベン・ブラッドリー・ジュニア(ジョン・ステラッリー)
通称ベン。スポットライト記事の統括部長。デスクのウォルターとは長年の付き合いで互いの信頼も厚い。「クソ神父がここに90人も!?」は劇中の台詞で個人的NO1
弁護士
※ミッチェル・ガラベディアン(スタンリー・トゥッチ)
一連の事件の鍵を握る重要人物。ポーター事件の原告側弁護士。ロウ司教が事件を知りながら不作為を行ったとして告発する。ゲーガン事件でも封印されている証拠の行方を知る重要な人物。変人、偏屈と揶揄されるが被害者の人権を守ろうとする最も正義感に溢れた弁護士でもある。
※ポーター事件
1950~1960年代にジェイムズ・ポーター司祭が児童125人を虐待していた事件。1990年代に明るみになりその後実刑判決を受ける。
※ゲーガン事件
ジョン・ゲーガン司祭が6教区30年に渡りのべ130人にもの児童に性的虐待を続けていた事件。
※エリック・マクリーシュ(ビリー・クラダップ)
ポーター事件の原告側弁護士。本来であれば原告側を勝訴に持ち込み賠償させる役割のはずだが教会と手を組み、神父と原告を示談させ示談金の3割を受取り秘密保持契約を秘密裏に結ばせていた。
"ロビー"とは旧友であるもののこちらも教会側に雇われた弁護士。ロビーは何度も彼に詰め寄るが守秘義務を理由に一切口を開こうとはしない。しかし重要な情報源である事も確かで彼の行動が後に特集記事を大きく後押しする。
教会側
※バーナード・フランシス・ロウ枢機卿(レン・キャリオー)
ボストン教区の大司教。ゲーガン神父の問題を知りながらその責任を果たさず隠蔽に走る。
被害者側
※フィル・サヴィアノ(ニール・ハフ)
聖職者による被害者団体"通称スナップ"の代表。自らもその被害者であり、進んでチームに協力する。過去にグローブ紙に情報提供したものの無視された経緯を持ちグローブ紙に対し不信感も持つ
※リチャード・サイプ(リチャード・ジェンキンス)
心理療法士。聖職者の療養所(シートン医学研究所)に勤務した過去を持ち、30年以上にも渡り聖職者の児童虐待の研究を続ける。その研究結果は驚くべき数値でありチームや関係者に衝撃を与える
教会という強大な権力
1976年マサチューセッツ州ボストン。ボストン警察第11分署でゲーガン神父が児童への性的虐待行為で逮捕される。そしてその"揉み消し"に現れたのがボストンカトリック教会のロウ大司教(枢機卿)と地方検事補。検事と言えば警察側です。
ロー司教は子供達にゲーガン神父を追放する事を約束し(実質的には隠蔽の為の転任)地方検事補もゲーガン神父をすぐに釈放してしまいます。
そしてその後も教会組織は隠蔽をし続け、その結果ゲーガン神父はその後35年にも渡り延べ130人以上にも上る児童に性的虐待を繰り返すことになるのです。
マーティ・バロンという新局長
そして2001年。ボストン・グローブ紙にマイアミからマーティ・バロンというユダヤ系の新局長が異動してきます。
彼は最初の会議で教会の性的虐待を扱ったコラムを挙げ、地元紙がなぜもっとこの事件を深く掘り下げないのかと編集長達に追求します。
なぜ今までこの問題が社内で放置されていたのか?購読者の53%がカトリック信者である事、そして相手が教会組織である以上激しい抵抗がある事、そして何より地元のボストンの教会で児童虐待が行われている事実を明るみに出す波紋を考えての事なのかも知れません。
新局長はスポットライトチームにこの事件の特集記事を組むよう要請します。その目的は事件を起こした神父の追求ではなく、教会全体がその問題を知りながら放置し、揉み消した事実を突き止める事でした。
調査開始
チームは調査に向け動き出します。グローブ社はゲーガン事件の証拠文書の開示を裁判所に求めます。マイクは被害者を弁護しているガラベディアン弁護士に近づき、マットは過去の記事やデータを集め、サーシャは被害者から聞き込みを開始します。
そして調査を進めていくうちに神父たちの巧妙な手口、被害者の多くは薬物やアルコール依存症になり、その中には自殺して命を亡くしていた事実も知ります。そして更に知りうるだけで「13人」の神父が性的虐待を加えていた事実も明らかになります。
リチャード・サイプと少なすぎる数字
記者のマットは教区の年鑑を調べる内に、教会組織が問題を起こした神父を病気療養という建前の理由で問題が発覚する前に何度も転任させていた事実を突き止めます。
マイクはリチャード・サイプという心理療法の研究員と電話で知り合います。サイプは30年以上にも渡り療養所に送られてくる聖職者の小児性愛者を専門に研究し続け、その結果、神父全体の6%が小児性愛者だと言い、現在ボストンで判明している「13人」という数字は"極めて少なすぎる"と証言します。1500人いる神父の内90人が小児性愛者だと言うのです。
年鑑から追え
90人という驚愕の数字を知ったチームは早速裏付け調査を開始します。教会年鑑から頻繁に転任を繰り返す神父を洗い出し、そしてついに怪しい転任を繰り返す87人の神父を見つけ出します。これは90人と証言したサイプの数字と非常に近い数値であり、チームや部長のベンも衝撃を受けます。ボストン市内だけで87人の小児性愛を持つ神父がいるかもしれない。驚愕する事実です。
チームは裏取りの為に87人全員の被害者リストを作り一人一人聞き込みを開始します。気が遠くなる作業です。
開示されていたゲーガン事件の証拠資料
そんなチームに転機が訪れます。教会組織全体の隠蔽行為を暴く鍵を握る証拠。ゲーガン事件の証拠文書の開示請求を出していたグローブ社でしたが、ガラベディアン弁護士に熱意を認められたマットはその資料は既に開示されているという新事実を聞き出します。ベンゼヴィッチ元司祭を弁護したロジャーズ弁護士のミスによって既に開示されているというのです。
ベンゼヴィッチ元司祭とロジャーズ弁護士
1962年、ベンゼヴィッチ元司祭は聖体教会にいた時にゲーガン神父が子供を連れ込む現場を目撃してしまいます。そしてそれを司教に報告したところ、彼は南米に左遷されてしまいその後ゲーガンが児童虐待を繰り返していた事を報道で知ります。罪悪感に苛まれた彼は1997年、ガラベディアン弁護士にその内容の電話をしてきます。ガラベディアン弁護士は教会を提訴する為にベンゼヴィッチを宣誓証言に呼び出しました。しかし彼は教会側に雇われたロジャーズ弁護士と現れ、その一件を何一つ証言する事はありませんでした。これで終わったかに見えた訴訟ですが続きがあります。
ロジャーズ弁護士のミス
1998年、ある地方紙にそのベンゼヴィッチ元司祭が司教にゲーガンの行為を報告したとのインタビューが掲載されます。彼は裁判所で証言しなかったにも関わらず、インタビューに答えていたのです。これを見たガラベディアン弁護士は偽証の疑いがあるとしてベンゼヴィッチ元司祭を提訴し証人申請します。そしてまた教会側のロジャーズ弁護士が現れるわけですが、彼はガラベディアン弁護士の作戦に嵌り彼の提訴を反訴するのでした。
反訴されたガラベディアン弁護士はベンゼヴィッチ召喚の理由を提示する事が必要になります。そう!あの「ゲーガン事件の封印文書」を堂々と証拠として添付する事が可能になるのです!
その結果封印文書は公開される事になり誰でも閲覧可能な状態だと言うのです。
封印文書に隠された真実
その文書には被害者の母親からのロウ司教に宛てた手紙がありました。これはロウ司教がゲーガンの児童虐待を知っていたという決定的証拠でした。
「我が家は敬虔なカトリック教徒として神父を守りたい気持ちはあります。7人の息子達がレイプされるという苦痛の中にあっても同じです。言われるまま沈黙してきました。二年前は教会を信じていたからです。でもゲーガン神父はまだ教区にいます」
そして別の手紙では
「ゲーガン神父がウェストンの聖ジュリア教会に異動させられたと聞きましたが、神父には少年を性的に虐待した前歴があります。聖ブレンダン教会を離れたのは恐らくそのせいです。何らかのセラピーを受けているというだけで、ゲーガン神父が更生するでしょうか?いつも気にかけて下さり感謝します。取り急ぎお礼まで。ボストン補佐司教、ジョン・ダーシー大司教1984年12月7日」
大司教が被害者家族へ返事まで書いている文書でした。これでもうロウ司教も教会側は言い逃れは出来ません
そしてついに記事の掲載
転任を繰り返していた87人の神父うち70人までまでは裏取りも終えついにその記事がボストン・グローブ紙の1面「スポットライト」に掲載されます。この特集記事はその後600本もの掲載を経て全世界に波紋を広げていきます。そして249人の神父が性的虐待で告発されます。被害者は推定1000人以上にものぼるそうです。
ロウ司教は責任を問われボストン大司教を辞任。しかしローマにあるカトリック教会最高位の教会に任命されたそうです。
そしてこの記事の後、虐待が発覚した都市は数百に上りました。
なぜ今まで明るみにならなかったのか?隠蔽体質とその方法
アメリカでのカトリック信者は6000万人とも言われています。プロテスタントが主流のメリカでは単独で最大規模の宗派です。
その神父(司祭)が児童を性的に虐待する。そしてターゲットは父親の居ない貧困家庭の子供を狙うという卑怯さ。そしてその事実を大司教を筆頭に教会組織全体で隠蔽、隠匿しようとする体質。判事や弁護士、被害者にすら金を握らせ揉み潰す。事件を起こした神父は別の教区に転任させ、勇気ある被害者が裁判所に訴えようとすれば和解金を提示し雇った弁護士を使って示談し、その折に秘密保持契約を結ばせる。もし被害者が秘密を漏らせば教会側は示談金を取り戻せるという脅しのような契約。だから誰も声を上げる被害者がいなかった。巨大な権力のバックを良い事に被害者とその家族の信仰や人生全てを奪い去る悪劣非道な行為であると言えます。これが教会がする事なのでしょうか。
幸いにも日本ではこれ程酷い報道は無く他山の石という意識は抜けません。しかし教会だけに関わらず閉鎖的な巨大な組織には必ず起こりうる出来事だと思うのです。
前々回に書いた記事でシリアで亡くなったジェームズ・フォーリーという記者の言葉がアカデミー賞の授賞式でありました。
「権力に屈しない事こそがジャーナリズムだ」
新聞が売れないインターネット全盛期の時代。そして大手を振ってしたたかな保守派が台頭する時代。我々のこの先の報道はどうなるのでしょうか。
第88回アカデミー賞作品賞・脚本賞受賞!映画『スポットライト 世紀のスクープ』新予告編